会社が労災申請を嫌がる理由とは? 対策と違法性について解説

2022年06月28日
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会社が労災申請を嫌がる理由とは? 対策と違法性について解説

神奈川労働局の統計によると、2021年中の神奈川県内における死亡災害(被災労働者が死亡した労働災害)は49件で、前年比は12件増、前々年比からは27件増と、増加傾向になっています(令和4年4月暫定)。

業務上の原因や通勤中にケガをしたり、病気にかかったりした場合には、労働基準監督署に対して「労災申請」として労災保険給付を請求できます。しかし、会社が労災申請に非協力的であり、被災労働者に対して労災申請をやめるように要請する場合があります。これは一般に「労災隠し」と呼ばれています。

なぜ会社が労災申請を嫌がるのでしょうか。そして、もし会社の要請に応じて労災隠しに応じた場合、従業員にはどのようなリスクがあるのでしょうか。今回は、会社が労災申請を嫌がって労災隠しをする理由や、会社から労災申請をやめるよう頼まれた場合に、応諾することのリスク・対処法などにつき、ベリーベスト法律事務所 横浜オフィスの弁護士が解説します。

出典:「令和3年 死亡災害・死傷災害の統計等【安全課・健康課】死亡災害発生状況(確定)」(神奈川労働局)

1、労災保険とは?

労災保険(労働者災害補償保険)とは、勤務中または通勤中に、ケガをした・疾病にかかった労働者に対して、経済的な援助を行うことを目的とした保険です。

1人でも労働者を雇っている経営者(使用者)には、労働者を労災保険に加入させる義務があります。なお、労災保険料は使用者負担です。

労災によってケガをした場合や、病気にかかった場合には、治療費が発生したり、働けなくなって収入が途絶えたりするなど、労働者の生活が苦しくなってしまうおそれがあります。

そこで、被災労働者に対して労災保険から給付金を支給し、労働者やその家族の生活を支援し、さらに社会復帰を促進することが意図されているのです。

2、会社が労災申請を嫌がる主な理由

労災保険に加入している労働者は、労災によるケガや病気に見舞われた際、労働基準監督署に対して労災保険給付を請求する(労災申請をする)権利があります。

会社の協力が得られれば、労災申請は比較的スムーズに進められますが、中には労災申請への協力を拒否する会社も存在します。それだけでなく、労働者に対して労災申請をやめるように指示する会社があることも事実です。

このような会社の対応は、法律に照らしても不当なものと言えますが、なぜ労災申請を嫌がる会社が存在するのでしょうか。

  1. (1)労災保険料が上昇する可能性がある

    各使用者が支払う労災保険料は、「メリット制」に基づいて決定されています。

    「メリット制」とは、各事業場における労災の発生件数に応じて、労災保険料が変動する仕組みです。会社が労災申請を拒否する理由の一つには、労災の発生件数が増えることによって、労災保険料が増加することを懸念している点が挙げられます。

    ただし、メリット制が適用されるのは、当該年度を含む3保険年度中の各年度において、以下のいずれかを満たす事業場に限られます。

    【労災保険のメリット制が適用される条件】
    1. ① 100人以上の労働者を使用した事業であること
    2. ② 20人以上100人未満の労働者を使用した事業であって、災害度係数が0.4以上であること


    参考:「労災保険のメリット制について」(厚生労働省)

    中小企業の場合、上記のメリット制の適用要件を満たす企業は少数派と考えられます。メリット制が適用されない場合には、労災発生件数の増加によって、労災保険料が上がることはありません。

  2. (2)労働基準監督署による調査を嫌がっている

    労災申請が行われると、申請の内容によっては、事業場に対して労働基準監督署の調査が行われる可能性があります。

    もし会社として、残業代の未払いや違法な長時間労働など、労働基準法等の労働法令に違反しているという認識を持っている場合には、労災申請を嫌がるかもしれません。
    労働基準監督署による調査が行われて、違法行為が発覚する事態を何としても避けたいという思考が働くからです。

    もし会社が普段から労働基準法違反等の行為をしている場合には、労災申請への協力は望みにくいかもしれません

  3. (3)労災の事実が社内外に広まることを恐れている

    労働基準監督署に対して労災申請が行われた場合、会社は、労災の事実が内部リークなどによって社内外に広まることをおそれるかもしれません。

    「労災が発生した」という事実が社内に広まった場合、会社の労働環境などに対して不信感を抱き、離職する従業員が出るかもしれません。
    また、労災の事実がインターネットや報道などによって社外にも広まった場合、会社の評判が毀損されてしまうおそれがあります。

    このような事態を避けるため、労働者に対して労災申請をやめるように指示する会社があるようです。

3、会社の労災隠しに応じた場合のリスクとは?

労働者が、労災申請をしないように会社から要請を受け、それに応じて労災申請を差し控えた場合には、以下のリスクに見舞われてしまいます。

  1. (1)労災保険給付を受けられない

    労災認定を受けられなければ、労働者は労災保険給付を受け取ることができません。

    労災保険給付は、治療費・休業損害・後遺症に関する逸失利益などをはじめとして、労災によって労働者に生じた損害を補填(ほてん)するものです。

    (例)
    • 療養補償給付
    • 休業補償給付
    • 障害補償給付
    • など


    ケガや病気の経過や症状によっては、労災保険給付がかなりの金額に上るケースもあります。

    労災申請を行わないことにより、労働者は、自らの生活を大いに助ける労災保険給付を、一切受け取ることができないのです。会社の言いなりになって労災隠しに協力すると、ご自身が経済的に大きな損失を被るおそれがある点に注意しましょう。

  2. (2)労災によるケガや病気の治療には、健康保険を適用できない

    「労災申請をしなくても、健康保険を適用してケガや病気を治療すればよい」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。

    しかし、業務上の事由により、または通勤中に発生したケガや病気については、健康保険を適用しての治療が不可とされています。労災に当たるケガや病気については、労災保険を適用するものとして、健康保険とのすみ分けがなされているのです。

    したがって、労働者が労災申請を行わない場合、ケガや病気の治療について健康保険を適用できず、治療費などが全額自己負担となってしまいます

  3. (3)労災隠しは違法行為|会社が罰則を受ける可能性がある

    会社による労災隠しそのものに関して、労働者が何らかの罰則等を受けることはありません。

    これに対して会社には、労災が発生した場合、所轄の労働基準監督署長に対して「労働者死傷病報告」を提出し、労災事故の報告を行うことが義務付けられています(労働安全衛生法第100条第1項、労働安全衛生規則第97条第1項)。

    もし会社が労働者死傷病報告の提出を怠った場合、会社には「50万円以下の罰金」が科される可能性があります(労働安全衛生法第120条第4号)。

    罰金の金額自体はそれほど大きくありませんが、刑事処分を受けたこと自体によって、会社の評判が毀損されてしまう事態も想定されます。労働者にとっても、自らが所属する会社の評判・経営が傾くことは、望ましくない事態と言えるでしょう。

4、会社が労災申請に協力してくれない場合の対処法

会社が労災申請に非協力的であったとしても、労働者が自分で労災申請を行うことはできます。また、損害賠償も検討しているに場合は、なるべく早期に弁護士に相談して対応方針についてのアドバイスを受けましょう。

  1. (1)自分で労災保険給付の請求を行う

    労災申請(労災保険給付の請求)は、会社の協力がなくとも、労働者が自分で行うことができます。

    請求書類は、厚生労働省のページ「労災保険給付関係請求書等ダウンロード」からダウンロードできるほか、労働基準監督署の窓口でも交付を受けられます。

    請求書等の中には、会社が記載する事項も含まれていますが、会社の協力が得られない場合には、代替的な記載によって請求書等を作成することも可能です。

    請求書等の作成方法や、必要となる添付書類などについては、労働基準監督署の窓口でアドバイスを受けられますので、お早めに最寄りの労働基準監督署へ相談することをおすすめします。

    参考:「全国労働基準監督署の所在案内」(厚生労働省)

  2. (2)弁護士に相談する

    労災申請とは別に、会社に対して安全配慮義務違反(労働契約法第5条)や使用者責任(民法第715条第1項)に基づく損害賠償を請求することもできます

    安全配慮義務とは、労働者が安全で健康な状態の元で労働できるように、会社が環境を整えなければならない義務です。使用者責任とは、従業員のミスで第三者に損害を与えてしまった場合、責任者や会社がその補償責任を負うということです。

    労災申請を拒否するような会社との間では、損害賠償に関する示談交渉も難航が予想されます。弁護士にご依頼いただければ、法的根拠に基づき会社に対して損害賠償を請求し、依頼者が適正な賠償を受けられるようにサポートいたします。

    会社とのやり取りは弁護士が一括して代行いたしますので、依頼者に大きなご負担は発生しません。労災の被害に遭い、会社への損害賠償請求をご検討中の方は、ぜひお早めに弁護士までご相談ください。

5、まとめ

会社が労災申請を嫌がる理由としては、労災保険料の上昇・労働基準監督署による調査への抵抗感・社内外でのレピュテーション低下への懸念などが挙げられます。

会社が非協力的でも、労働者が自ら労災申請を行うことは可能です。また、会社に対して損害賠償を請求できる可能性もあります。

ベリーベスト法律事務所 横浜オフィスは、労災の被害に遭った労働者やそのご家族のために、会社に対する損害賠償請求等をサポートいたします。業務中または通勤中にケガをした方、病気にかかった方は、まずは当事務所へご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています