人事考課で不服申し立てを受けた! 企業が注意すべき点とは

2020年09月16日
  • 一般企業法務
  • 人事考課
  • 不服申し立て
人事考課で不服申し立てを受けた! 企業が注意すべき点とは

人事考課は、職階や給与に大きな影響を与えるため問題になることが多く、特に降格・降給はトラブルに発展しやすいといえます。人事考課を担当する部署に勤務している方なら、一般社員から「なぜこのような人事考課になったのか、納得できない」といったクレームを受けることもあるでしょう。

不当な人事考課が問題となった有名な裁判例として、横浜地裁が判示した「ダイエー事件」があげられます。平成2年に判決が下されたこの事件は、社員の個人的なトラブルに上司が関与し、上司らの意向に従わなかったとして不当な人事考課がなされた事例です。判決では、上司らに不法行為があったことを認めたものの、人事考課権の濫用とまでは認定されませんでした。

本コラムでは「不当な人事考課だ」と社員から不服申し立てを受けないために会社が何をすべきか、その対策などについて横浜オフィスの弁護士が解説します。

1、人事考課の目的と基準

人事考課におけるトラブルを学ぶ前に、人事考課とは何か、どのような目的があり、どんな基準によって決められるのかを正しく理解しておく必要があるでしょう。

以下より、人事考課の目的と基準について解説します。

  1. (1)人事考課の意義と目的

    人事考課とは、社員の業務に対する貢献度や実績などを一定の基準で査定し、これを職階・賃金といった人事に反映することを指します。

    「人事評価」と同じように使われる用語ですが、正確には人事評価は「業務・業績のよしあしの判断」といった意味合いがあります。人事評価よりも範囲が狭く詳細なものが人事考課であると考えておけば良いでしょう。

    人事考課は、社員の昇格・降格や賃金の増減を決めるものですが、真の目的は「社員に求める行動の可視化」にあるといわれています。会社が目指している方向性と、それに沿った社員としてあるべき行動を可視化することで、貢献度や実績を評価するのです。

    また、人事考課が存在することによって、社員は「認められた」という達成感を得ます。社員のモチベーションを向上させるためにも、人事考課は有益な制度なのです。

    人事考課制度は民間企業にのみ存在するものと思われがちですが、実は教職員などの公務員にも導入されています。教職員の資質向上や学校組織の活性化などを目的に、民間企業をモデルとした人事考課を導入している教育委員会も多くありますが、教育が実績評価の対象となるのかについては疑問視する声もあがっています。

  2. (2)人事考課の基準

    人事考課は、主に3つの観点からおこなわれるべきとされています。

    • 業績考課
    • 能力考課
    • 情意考課


    業績考課とは、個々の社員だけでなく、チームとして、組織としてのノルマに対してどのような成果を実現したのかを測定したものです。単なる成果だけでなく、目標達成に向けた設定や設計、取り組みを総合的に評価します。

    能力考課とは、成果を得るプロセスにおいてどのような能力を発揮したのかを考課したものです。ある成果を得るために、単独で達成したのか、上司のサポートがあったのかといった点を評価します。

    情意考課とは、業務への姿勢や態度を指します。単に「真面目だ」というだけでなく、規律性・責任性・積極性・協調性といった点を重視して評価します。

2、現在の人事考課に違法性はないか?

人事考課制度に対しての正しい理解がないと、知ら知らずのうちに違法な運用となってしまっている可能性があります。

ここでは、どのような人事考課が違法にあたるのかを確認していきましょう。

  1. (1)法令に違反するケース

    現在の人事考課が、会社と社員との間で合意があったとしても、適用される「強行法規(強行規定)」に違反していることが想定されます。

    強行法規とは、当事者間の合意より優先して重んじられる、法律のルールです。
    人事考課が関係する強行法規は、以下が考えられます。

    ●労働基準法
    第3条:均等待遇
    第4条:男女同一賃金の原則

    ●男女雇用機会均等法
    第6条:昇進等についての男女差別的取扱い禁止
    第9条:婚姻・妊娠・出産に対する不利益取扱いの禁止

    ●育児・介護休業法
    第10条:育児休業期間に関する不利益取扱いの禁止

    ●労働組合法
    第7条:不当労働行為の禁止


    もしも人事考課が強行法規に反する場合、社員との合意は無効となる可能性があります。

  2. (2)成果主義人事に違反するケース

    強行法規に違反していなくても、成果主義人事に違反すれば違法となる場合があります。

    成果主義人事とは、社員の仕事の成果や業績向上に応じて賃金・昇格を決定する制度です。成果主義人事において特に重要なのは、公正かつ客観的な制度に基づいた人事考課がおこなわれるべきである点です。

    さらに、人事考課の結果について開示義務・説明義務を果たすべきとされています。

    結果の開示については、開示制度がないと直ちに違法とみなされるわけではありません。
    ただし、研究員らの賃金請求に絡む日本システム開発研究所事件(東京高裁平成20年4月9日判決)では、開示制度が人事考課の公正さを判断するプラス材料として判示されており、開示義務は果たすべきでしょう。

  3. (3)人事考課制度が形骸化しているケース

    人事考課制度が整備されていても、その運用が適切でない場合には違法とみなされることがあります。

    上記のダイエー事件(横浜地裁平成2年5月29日判決)のように、制度から逸脱した不公正な人事考課がおこなわれた場合、会社側への損害賠償が認められた判例があることには注目すべきでしょう。

    また、多面考課であるべきところ、実際には1次考課者の判断のみで決定されていてフィードバック制度が順守されていない、などのように人事考課制度が形骸化しているケースも違法となり得ます。

  4. (4)目標管理や能力開発の運用が不適切化しているケース

    人事考課においては個々の目標設定や能力開発も重視されます。しかし、初期の目標設定が高すぎる、十分な能力開発がおこなわれないまま考課されるといった不公正な運用では、人事考課権の濫用とみなされ違法となる可能性があります。

  5. (5)人事考課の結果と昇格・賃金が均衡していないケース

    たとえ人事考課が公正におこなわれていたとしても、賃金の決定が人事考課に即していない場合は、人事考課権の濫用とみなされることがあります。たとえば、人事考課の結果と比較して不当に低い賃金決定を受けたなどの場合は、損害賠償責任を負うおそれがあるでしょう。

    また、人事考課が低いことを理由にした配転・降格・解雇については、配転・降格命令権および解雇権の濫用の問題となり得ます。

3、降格・降給はトラブルになりやすい

人事考課に関するトラブルにおいてもっとも表面化しやすいのが降格・降給が絡んだケースです。

降格・降給が絡んだ判例としては、次のような事例があります。

●マナック事件(広島高裁平成13年5月23日判決)
医薬品の製造・販売業者に勤務していた社員が、勤務中に経営陣を批判する発言をしたことを理由に、大幅な降格・降給処分を受けた事例です。この事例では、監督職から一般職への降格と、4年間にわたって昇給査定が最低ランクになり賞与額も減額されたことについて違法性が争われました。

判決では、降格について会社の裁量を認めたものの、降給および賞与の減額については、評定期間外の事由を査定対象にしたとして権利濫用にあたると判示されました。

●コナミデジタルエンタテインメント事件(東京高裁平成23年12月27日判決)
電子機器のソフトウェア・ハードウェア開発に携わる社員が、育児休暇を終えて復職した際に降格を受け、年俸も減額された事例です。

この事例では、育児休暇を含む年度の成果報酬が、合理的な査定方法を検討することなく「成果ゼロ査定」を受けたことについて、裁量権の濫用が認められ慰謝料などを含めた賃金の支払いが命じられました。

これらの事例のように、人事考課の結果による降格・降給がトラブルとなった場合、司法審査が厳しくおこなわれる傾向にあります。人事考課の担当者としては、適法かつ公正な処理が求められるでしょう。

4、人事考課トラブルを避けるためには弁護士に相談を

一般社員から「不当な人事考課によって不利益が生じた」と不服申し立てを受けた場合、最終的には厳格な裁判によって解決することとなるため、多大な労力を費やす結果となります。

そのため、人事考課トラブルを避けるためには、弁護士に相談するのが賢明といえます。人事考課の結果による降格・降給は、適法におこなわれなくてはなりません。労働基準法や男女雇用機会均等法などの労働関係の法令について、正しい知識と経験に基づいたアドバイスが必要となるでしょう。

人事考課の公正さについては、社内規則の見直しや評価方法の改善、評価結果の開示・説明などが重視されます。弁護士のアドバイスに基づいて対策を講じることで、将来のトラブルを回避できるだけでなく、公正な人事考課によって社員のモチベーションが向上し、業績アップも期待できるでしょう。

また、人事考課を真に意義のあるものにするには、考課者の育成も重要です。昇格によって新たに考課者となった社員は、それまでの実績が良好だったとしても考課者として適切な知識を習得しているわけではありません。人事考課の基礎知識、評価エラーに対する注意点、日頃から着目すべき点などの訓練にあたっては、労働関係の法令に詳しい弁護士による指導が有効でしょう。

5、まとめ

人事考課は、会社の発展と社員のモチベーション向上に多大な影響を与えます。一方で、不当な人事考課により社員の降格・降給を決定してしまうと、大きなトラブルへと発展してしまうリスクもはらんでいます。

適法・公正な人事考課を運用するにあたっては、弁護士にアドバイスを求めるのが賢明です。
顧問弁護士がいれば、不明点を気軽に相談できるほか、社員から不服申し立てを受けた場合の交渉も一任できるので、とても心強い存在となるでしょう。

ベリーベスト法律事務所・横浜オフィスは、企業内の人事考課トラブルをはじめとした労働問題の解決実績が豊富な弁護士が在籍しています。適法・公正な人事考課制度の策定や、社員からの不服申し立てへの対応など、人事考課担当者のお悩み解決に向けて全力でバックアップします。

人事考課に関するトラブルが発生した際は、ベリーベスト法律事務所・横浜オフィスまでお気軽にご相談ください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています