他人の犬に噛(か)まれたら、飼い主に慰謝料請求して責任を問えるか?
- 一般民事
- 他人の犬に噛まれたら
令和2年版の健康福祉事業年報によれば、横浜市内で起きた犬の咬傷事故(こうしょうじこ)を理由とする届出件数は、平成29年から令和元年度にかけて99件から119件に増加しており、それに伴い被害者数も122人から151人に増加していると報告されています。
このうち、買主の家族以外が被害に遭うケースは令和元年度では全体の約97%と、非常に高い割合を占めています。もし、他人の犬にかまれたら、治療費や慰謝料などはもらえるのでしょうか。
1、飼い主の義務とは
犬に限らず、ペットの飼い主には民法でも地域の条例でもさまざまな義務があります。ペットを飼うときは、これらの法律や条例上の義務に従って飼うことになります。
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(1)表示義務
横浜市動物の愛護及び管理に関する条例には、以下のような表示義務が定められています。
第8条 犬の飼養をする者は、当該犬の飼養をする土地又は建物の出入口付近の外部から見やすい箇所に、当該犬の飼養をしている旨の表示をしなければならない。
つまり、犬を飼うときには建物や敷地の出入り口付近の外から見やすいところに、犬を飼っていることの表示をしなければならないのです。これは飼い主の義務となっています。
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(2)事故発生時の措置
さらに同条例の第9条には、飼い犬やその他のペットが家族や他人に危害を加えるなどの事故が発生したときに、飼い主が取るべき措置についても書かれています。
第9条 犬又は特定動物が人の生命又は身体に害を加えたときは、当該犬又は特定動物の飼い主は、その事実を知った日の翌日までにその旨を市長に届け出るとともに、犬の飼い主にあっては、2日以内に当該犬を獣医師に検診させなければならない。
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(3)占有責任
さらに、民法でも動物を占有する者の責任について規定されています。
民法第718条
- 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
- 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。
ここでいう「占有者」とは、飼い主に限りません。飼い主に頼まれて友人・知人が犬を散歩させていたときに犬が他人をかんだ場合は、そのときに散歩させていた方が責任を負う場合があります。このとき、状況によっては飼い主も責任を負うことがあります。詳しくは後述します。
2、他人の犬にかまれたら問える飼い主の法的責任
他人の犬にかまれた場合、その飼い主もしくはそのとき一緒にいた占有者(以下「飼い主など」)に対し、民事責任だけでなく、刑事責任にも問える可能性があります。具体的にどのような法的責任に問えるのでしょうか。
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(1)民事責任
他人の犬にかまれた場合、相手方に対し民事責任を追及することができます。犬は人ではありませんが、飼い犬が人をかむことは不法行為にあたり、その飼い主などは不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになります。被害者は、飼い主などに対して以下のようなものが請求できます。
- 治療費
- 通院交通費
- 休業損害(通院で仕事を休んだときに発生するもの)
- 慰謝料(犬にかまれたことによる精神的苦痛に対するもの)
- 逸失利益(将来の減収が見込まれるときに発生するもの)
- 衣類などの被害弁償
もし、重傷を負い、大きな傷跡や麻痺などの後遺傷害が残った場合は、後遺傷害慰謝料も請求可能です。また、それで仕事を失った場合は、その分の逸失利益も併せて請求することができます。
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(2)刑事責任
他人の犬にかまれたら、飼い主やそのときに犬をつれていた方を過失傷害罪で訴えられる可能性があります。この罪が成立すれば、犬の占有者もしくは飼い主は30万円以下の罰金または科料に処せられます。過失傷害罪は親告罪なので、被害者が刑事告訴をしない限り罪に問われることはありません。
ここで言う「過失」とは、リードをつけないで散歩する、犬を入れているオリにきちんとカギがかかっていないなどがあたります。また、子どもや小柄な方が自力で制御できないほどの力の強い大型犬を連れているときに、その大型犬が他人に危害を加えた場合も、過失と認定されることがあるでしょう。
また、飼い犬にわざと他人を襲うようにけしかけた場合、いたずらのつもりでも、ケガの程度により傷害罪や、殺人未遂罪が成立することもありえます。
3、他人の犬にかまれたら飼い主にお願いすべき3つのこと
他人の犬にかまれたときに、飼い主にお願いすべきことが3つあります。それは、ワクチンを受けた証明書をもらうこと、翌日までに地域の保健所へ届け出ること、2日以内に獣医の検診を受けることです。
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(1)ワクチンを受けた証明書をもらう
飼い犬には、年1回狂犬病ワクチンの予防接種が法律で義務づけられています。そのときに、ワクチンを接種済みであることを証明する「狂犬病予防注射済証」が獣医師から発行されています。犬にかまれた後治療を受けるときに必要になるので、その証明書を飼い主に依頼して提示してもらいましょう。
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(2)翌日までに地域の保健所へ届け出る
他人の犬にかまれたら、翌日までに地域の保健所に届出が必要です。横浜市の場合は、条例では「市長に届け出る」と規定されていますが、実務上は犬の飼い主が住んでいる区の福祉保健センター 生活衛生課に届け出ることになっています。
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(3)2日以内に獣医で検診を受けてもらう
飼い主に依頼して、かまれてから2日以内にかかりつけの動物病院で検診を受けてもらいましょう。その犬が狂犬病やそのほかの感染症にかかっていないかどうかを調べるためです。検診終了後は、検診証明書を発行してもらい、必要があれば届け出先に提出します。
4、他人の犬にかまれた時の対応手順
交通事故のときと同じように、他人の犬にかまれたら、相手方に連絡先を聴いた上で病院で治療を受け、相手方に治療費や慰謝料を請求することになります。
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(1)相手方の連絡先を聞く
犬にかまれた場合、まず犬をどこかにつなぎとめてもらった後で、相手方の住所や電話番号、メールアドレスなどの連絡先を聞きましょう。のちに、慰謝料などの交渉をするときに必要になるためです。相手方に教えてもらった電話番号が通じないこともあるかもしれないので、教えてもらったらその場で相手方にきちんと通じるかどうか確認しましょう。また、警察を呼んで調書を取ってもらうのも、連絡先の交換をスムーズに進めるひとつの方法です。
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(2)治療を受ける
次に、病院で治療を受けます。傷口が小さくてたいしたことがないように見えても、犬が感染症やウイルスを持っている可能性もあるので、自己診断せず必ず病院に行って治療を受けましょう。このとき、できれば犬の飼い主などに予防接種済みの証明書を携帯の上、一緒に来てもらうことをおすすめします。
病院では、破傷風や狂犬病のワクチン接種履歴を確認し、必要があれば破傷風の予防接種を受けましょう。ケガの治療費にかかった金額を証明するために必要になるので、治療後は診断書や領収書をもらうことが必要です。なお、破傷風ワクチンの接種は複数回必要なので、将来かかる費用も病院に確認しておきましょう。 -
(3)保険の適用を確認
治療費については、以下の保険が使える可能性があります。
- 健康保険
- 労災保険(勤務時間中・通勤途中であれば適用される)
- ペット保険
- 賠償責任保険(自動車保険や傷害保険、クレジットカード等に付帯されていることも)
通勤途中や業務中にかまれたのであれば労災保険が使える可能性がありますし、相手方がペット保険や賠償責任保険に入っていればそこから治療費が出ることもあります。健康保険適用の場合は窓口負担3割をまず自分が支払い、後日相手方に請求します。また、残りの7割は健康保険組合から飼い主に損害賠償請求の形で請求します。
上記のいずれかの保険が使えるかもしれないので、示談交渉の前に健康保険組合や保険会社などに連絡して、示談交渉や示談書作成のタイミングについて指示を仰ぎましょう。事前連絡なく個人間で和解した場合は、これらの保険が使えない可能性もあるからです。 -
(4)治療終了・示談交渉
治療が終わったら、相手方に慰謝料や損害賠償を請求するために示談交渉を始めます。相手方に病院でもらった領収書など証拠資料を提示して、希望の金額を伝えましょう。ペット保険などを適用するときは、その旨についても話し合っておきます。
相手方と合意できたら、和解書(または合意書・示談書など)に合意内容をまとめておきましょう。後日新たなトラブルが起きるのを防ぐためです。
ただし、後遺傷害が残った場合は、後遺障害等級の認定に時間がかかることが予想されます。そのため、後遺傷害慰謝料や後遺障害逸失利益を請求する場合については、後日追加で請求する旨を文言に入れておくのもよいでしょう。
5、飼い主との示談交渉を弁護士に依頼する5つのメリット
「他人の犬にかまれる事故なんてたいしたことではない」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、慰謝料や損害賠償については飼い主ときちんと話し合うことが必要です。飼い主との示談交渉を弁護士に依頼すると、以下の5つのメリットがあります。
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(1)治療に専念できる
相手方の犬にかまれてショックで精神的に不安定ななかで、相手方と交渉するのは大変なことです。弁護士に対応を依頼すれば、交渉や手続きをすべて任せられる上に、相手方と直接連絡のやりとりをする必要もなくなります。そのため、依頼者はケガの治療に専念できます。
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(2)適正な損害賠償金額がわかる
自力で交渉をしようとする場合、ケガの治療費は領収書でわかりますが、そのほかに損害賠償として請求できるものがあるか判断がつきません。そのため、損害賠償の金額が予想外に少なくなってしまうことも考えられるでしょう。弁護士に依頼すれば、相手方に請求できるものをすべて洗い出してくれるので、適正な損害賠償金額がわかります。
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(3)自分の過失割合を少なくできる可能性がある
自分側に過失がある場合、過失割合を考慮されることがあります。たとえば、被害者側が自分から犬に近づき、犬にいたずらしたためにかまれた場合は、過失割合が5割などと認定されることもあります。弁護士に依頼すれば、事故当時の状況から過失割合を正確に見極め、自分側の過失割合を少なくできる可能性があります。
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(4)後遺障害認定をサポート
ケガの程度がひどく、後遺傷害が残ってしまった場合は、後遺障害等級を認定してもらうための申請をしなければなりません。このとき、自力で申請すると不当に低い等級にされてしまうこともあるでしょう。しかし、弁護士のサポートを受けることで、医師の診断書などを精査して申請でき、適切な後遺傷害等級認定が受けられる可能性が高くなります。
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(5)より有利な条件で示談成立できる
弁護士に示談交渉も依頼することで、より依頼者側に有利な条件を相手方から引き出して示談を成立できます。慰謝料や損害賠償金額も、依頼者側から提示した金額の満額またはそれに近い金額を得られる可能性も高まるでしょう。
6、まとめ
子どもの代わりに犬などのペットを飼う家庭も多く、犬の散歩中などに犬にかまれてしまう事故も少なくありません。犬の飼い主が友人や知人の場合、慰謝料や損害賠償は請求しづらいかもしれませんが、きちんと請求することが大切です。
交渉経験の豊富な弁護士が手続きや交渉をサポートします。他人の犬にかまれ、相手方との交渉で困ったら、ベリーベスト法律事務所 横浜オフィスまでご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています